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海上に流出した油の挙動 overview

■原油およびその精製品

  地中から産出された原油の主成分は炭化水素であり,このほかに硫黄,窒素,酸素化合物などが少量含まれる.これらの成分の組成比率は原油の産地によって異 なっており,産地や性状別に呼称がつけられている.通常,原油の色は黒褐色で,引火点は-7℃~-32℃程度である.原油を精製すると,密度の軽いものか ら順にナフサ,ガソリン,ケロシン,灯油,軽油などが得られる.さらにその残渣として重油,アスファルトが得られる.また重油は,動粘度の小さい順にA重 油,B重油,C重油に分類される.
 ナフサはガソリンに似た油分で,炭素数の違いによって,C5~C7のものは軽質ナフサ,炭素数6~12のものは重質ナフサと呼ばれ,透明,軽質で,容易 に蒸発する性質をもつ.軽質ナフサはガソリンの基材など,重質ナフサはオクタン価の高いガソリンの基材に使われる.ケロシンは炭素数10~15,灯油・軽 油は炭素数10~20の成分から作られる軽質油である.
 重油は沸点320℃以上の蒸留で得られ,比重0.82~0.95程度,黒色ないし黄色で,灯油や軽油よりも沸点が高く粘度も大きい.A重油は蒸留後の残 渣油に軽油90%を混ぜたものである.B重油は軽油 と残渣油をそれぞれ50%程度の割合で混合したもので,A重油とC重油の中間の性質を持つ.C重油は重油中最も粘度が高く,常温では流動性を失うため,使 用時に加熱を必要とするものもある.しかし,安価であるため,大型ディーゼル・エンジンや大型ボイラーなどに使用される.
(参考:JOGMEC 石油・天然ガス用語辞典

表 : 原油や精製製品の物性例
種別
比重 at15℃
引火点
動粘度
流動点
Sakhalin Vityaz原油1)
0.874
0.8519
-10℃
-31℃
2sSt以下 at 50℃
(4cP at 15℃)
-75℃
Arabian Medium 原油2)
0.878
-13℃
16cSt at 21℃
(29cP at15℃)
-10℃
ガソリン
0.783
-20℃~-40℃


軽 油
0.83~0.84
45℃~50℃ (1.7cP~2.7cP at 30℃)
-30℃~5℃
A重油

60℃以上
50℃,20cSt以下
5℃以下
C重油

70℃以上
50℃,250cSt以下
250~400cSt
400~1,000cSt

1),2)  Emvironment Canada, The Environmental Science & Technology Centre (ESTC):
                                         http://www.etc-cte.ec.gc.ca/etchome_e.html

■海面に流出した原油の挙動

  上表でもわかるように,重油を含めて油の密度は一般に水よりも小さい.また海水は真水よりも3% 程度重いため(密度1.03程度),海水中では真水の場合よりもさらに油は浮きやすくなる.したがって海面に流出した油は,通常は海面上に浮上する.自由 水面に流出した油の動的な挙動は,油の浮力,流出する油の慣性力,油の粘性(力),油と水の間の界面張力によって支配される. Fay(1971)は,自由水面に流出した油の広がりを,時間の経過とともに次の3つの段階に移り変わるものとして整理した.
  • 油の流出直後は油膜は厚く,浮力が広がりを加速し,慣性力がそれを遅らせる力となる.
  • 油膜が薄くなると,次には粘性力が広がりを遅らせる力となる.
  • さらに油膜が薄くなるにつれ,表面張力と粘性力が支配的な力になり,最終的には油は十分に広がって安定的な状態となる. 

  上記のプロセスがどれくらいの時間で移行するかは,流出する油の流量,全量,油の密度や粘度,油と海水の界面張力によって変化する.また,軽質の原油ほど 早く,広く,薄く拡散する.特に軽油類の場合は,拡散する速度が早く,また油膜は非常に薄くなる.一方重油の場合は粘性が非常に大きなため,軽油に比べて 拡散範囲は狭くなり,油膜の厚さは厚くなる.流れも風もない理想状態では,この拡散挙動により流出油は円形に拡がる.

 しかし実際の海面には潮流や海流などの流れに加え,風も作用するため,流出した油はその作用を受けて漂流する.風の作用によって,流出油は風速の約34%の速さで漂流する.


■海面に流出した原油および精製品類の風化

  このように海上流出油が拡散・漂流する間にも,流出油の性状において蒸発成分の多いものでは,蒸発が進行する.また波の作用によって海水と油が混ざり合 い,エマルジョン化が起きる.また,油の一部は浪によって小さな粒状となって海水中に拡散される.このような流出油の性状変化を風化と呼んでいる.
 揮発成分の蒸発は,流出直後ほど急速に進行し,その後は時間の経過にともなって指数的に低下する(Iranean light原油の場合,時間の逆数に比例した3)).一般的な原油の場合,常温では蒸発の進行は比較的急速で,流出後数日で揮発成分の多くが蒸発する.これによって流出油は,その分だけ体積を減じる.たとえば,揮発成分を多く含むSakhalin Vityaz原油の場合40~50%が蒸発して体積を減じると考えられる.残った流出油は,揮発成分が減じたことから,粘度が急激に増大する.また密度も,粘度の増大比率に比べるとわずかではあるが増大する.
 流出した原油や重油に,波浪などによる強い擾乱が作用すると,通常では分離している油と海水が混ざりあって安定したエマルジョン状態になる.この現象は ムース化または乳化と呼ばれている.流出油がエマルジョン化する場合,油の体積に対して最大では数倍の海水が油と混ざりあってエマルジョンを形成する.す なわち,流出した油が,もとの体積よりもはるかに大きな体積のエマルジョンに変化することになる.また,エマルジョン化することによて,その粘度が飛躍的 に増大する.たとえば,もとは少し粘り気のある液体状であったものが,エマルジョン化することによって体積が何倍かになるとともに,液体ではなく水飴ある いはタール状に変化するため,その回収作業が非常に困難を伴うものになる.特にタール分を多く含むC重油では,揮発成分が少ないうえに,もとの粘性が大き く,これがエマルジョン化すると,非常に高粘度のものになる.

エマルジョン化した原油 ←エマルジョン化した原油(実験,大塚4)

 事故等によって環境中に放出された原油およびその精製品は,このようにして揮発成分の蒸発やエマルジョン化によってその性状を変えながら,
  • 沿岸に漂着して底質等に付着,一部は海浜の地盤の中に埋没
  • 波浪によって徐々に細かな粒子になり分散
  • 海中の粒子等を取り込んで重くなり,海底に沈降
  • 紫外線等による分解
  • 最終的には微生物によって分解
のようなプロセスを経て分解され,もとの自然界へ還る.


■海上流出油の挙動予測モデル
  海面への油流出事故が発生した場合に, 効率よく回収したり,汚染の被害や危険にさらされる可能性のある場所を推定するには,実際のフィールドにおける航空機や衛生からのリモートセンシング情報 だけでなく,流出油の挙動を予測する数値モデルが使われることがある.また数値モデルを用いることによって,想定されるさまざまな事故において,どのよう な事態が起きうるか,またどの地域や施設が汚染や危険にさらされるリスクが高いか,などについて事前に解析することも可能になる.
 多くのモデルでは,流出油の拡散,海流および風による漂流挙動(
沿岸漂着も含む)を 予測する水理モデルに,流出油の蒸発,海中への鉛直分散,乳化などの風化過程を取り入れたものとなっている.これらの数値モデルの予測精度は,流出が起き た場の海面の流れ,および風域の情報が精度よく把握できているかどうかに大きく依存する.また,実際の場の環境は非常に複雑であるため,予測モデルの結果 を過信することは避けなければならない.たとえば,実際の流出事故では,流出油は複数の塊に分かれて漂流することが多いが,現在ある多くのモデルでは,こ れを的確に再現することは難しい.


3) 大塚,大島,宇佐見,高橋,佐伯;寒冷地海洋における流出原油の変質過程と回収方法,日本沿岸域学会論文集,No.11,pp.85-94,1999.
4) OTSUKA N., OGIWARA K., KANAAMI K., SATO N., HAYAKAWA T., Izumiyama K. and SAEKI H.:Experimental Study on Characteristics of Crude Oil Emulsion in Icy Seawater, THE 16TH INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON OKHOTSK SEA & SEA ICE, pp.94-97., 2001